「体育会系」の使い方が間違っています

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「体育会系」のイメージは、縦社会、年功序列、軍隊、厳しい上下関係、絶対服従、精神論、根性論、このような言葉を連想する方が多いのではないでしょうか。労働問題が話題になるたびに「体育会系組織」「体育会系社員」など、「負」のイメージとして使われているのを目にします。

高度成長期の大学運動部やスポーツ界では年功序列を基礎とした文化や育成方法が主流で、年功序列が当たり前だった企業活動にもよくマッチし、成果も上げていたことで「体育会系」と呼ばれるようになり、昭和の経済成長期からバブル期くらいまでたいへん人気があったと思います。

しかしバブル経済が終わり経済成長が勢いを失ってきた頃から「体育会系」は時代に合わなくなっていたように思います。当時、校内暴力などを繰り返す非行少年をスパルタ式指導で更生させたと話題になっていた「戸塚ヨットスクールで自殺や自殺未遂が相次いだ事件の影響もあり、「体育会系」は「負」のイメージへ少しづつ変わっていったと思います。

一方で近年のスポーツ界を見ると、ずいぶん様変わりしています。科学的な根拠に基づくデータを取り入れた効果的なトレーニングやメンタルケアも取り入れて、本当の選手の良さ、強さを引き出すシステムへと変わっています。昔のように経験や結果から導き出された根拠のないトレーニング理論はすっかり排除され、メンタル面も精神論や根性論から専門家のカウンセリングなどを取り入れたシステムへと変わっています。

現在のスポーツ界には年功序列が当たり前だった頃の「体育会系」のイメージはほとんどありません。科学的根拠と基づいた「新しい時代の体育会系」へと進化しています。最近のスポーツ界で取り入れられている育成システムが「新しい体育会系」としてそろそろ注目されても良いと思うのですが、「体育会系」と聞くとまだまだ古い「負」のイメージを持つ方が多いようです。

プロスポーツの現場を知っている、それこそ「体育会系」の評論家や文化人の方は「新しい体育会系」を理解されているでしょうが、「非体育会系」というか「文科系」の評論家や文化人方たち、「体育会系」の一部年配の方にはまだまだ古いイメージが残っているようです。

余談ですが、スポーツ根性アニメの代表作「巨人の星」の主人公「星飛雄馬」の父「星一徹」いつもちゃぶ台をひっくり返しているイメージを持っている方が多いと思いますが、実はTV放映分や書籍の中では一度もちゃぶ代をひっくり返していません。ちゃぶ代返しはTVアニメのオープニングに出てくるのみ、イメージとは恐ろしいものです。

近年の「体育会系」は最先端の育成システムへと変わっています