徳島県海部町では同調圧力なんて野暮なこと

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「海部町では、赤い羽根募金が集まらんのです」、隣接する他の町村では「他の人は募金したのかどうか」、「金額はいくらだったのか」を気にする人が圧倒的に多く、募金箱を回すだけでみんながほぼ同額の募金を入れてくれるのだそうです。

しかし海部町では「どこへ行って何に使われとんじぇ」と問い詰められ、多くの人が募金しましたよと言ったところで「あん人らはあん人、いくらでも好きに募金すりゃええが、わしは嫌や、わけのわかららんもんには百円でも出しとうないんや」と筋の通った言葉が返ってきます。

海部町の住人は他人と足並みを揃えることに重きを置かず、しかも他の人と違った行動をとっても特別視されたり排除されたりする心配がありません。海部町のコミュニティは個人の自由と多様性が重視され、排他的傾向が小さいと言えます。敬老会や老人クラブの加入率が低い理由も、隣人たちと連れ立って加入したり、誰かに義理立てて加入する発想はまったくありません。他人が入ろうが入るまいがどうでも良く自分が入りたければ入る、それだけです。

多様性重視を重視するエピソードとして、小中学校の特別支援学級の設置について海部町だけが反対しているそうです。知的もしくは身体的障害があっても別枠の中に囲い込むことには賛成できない、ひとつのクラスの中で色んな個性があったほうが良いとされました。

海部町には江戸時代から続く「朋輩組」という相互扶助組織があります。かつて似たような「若者組」と呼ばれる組織が隣接各地に存在していましたが、現在は海部町の「朋輩組」だけだそうです。なぜ海部町にだけ残っているのかは、海部町の緩いコミュニティが大きく関係しています。

「朋輩組」だけが残った理由は会則と呼べるものは皆無に等しく、よそ者でも新参者でも入退会自由で開放的組織でした。一方「若者組」は三代続けてこの地に持ち家を有する家筋の男子のみが強制加入するなど閉鎖的組織であったため衰退したようです。

海部町の「朋輩組」はミニマムルールによる開放的で風通しの良い構造が特徴です