過度なストレスは正常な判断力を奪う

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先に言っておきますが私は心理学の専門家やカウンセラーではなく医療関係者でもありません。しかし人間ウォッチャーというか人間の心と行動の関係には大いに興味があります。私が心理学に興味を持つことになったのは生まれ育ちが大いに関係しているのは間違いないです。お暇な方は私のプロフィールも御覧ください。

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抱えているストレスが重いほど周りからは見えにくいと思う

大きな紛争もなく安全で平和に思える日本も、問題がないわけではありません。先日ラスベガスで発生した銃の乱射事件並の大事件こそありませんが、それでも毎日のように殺人事件のニュースを目にします。先日も妻と子供5人を殺傷し家に火を放つという事件がありました。容疑者である父親は、なぜ家族を殺傷し放火することを「判断」したのか、それは「ストレス」ではないかと思っています。

人を刃物で刺す、自宅を放火する、平常心を保っているなら「命を奪う→犯罪、社会的責任」「放火→犯罪、経済的損失」、少なくとも軽い刑では済まないことぐらい知っているはず、経済的損失を取り戻すのがどれだけ大変か、それだけのものを失って得られるモノはないことぐらい理解していたはずです。つまり人を殺傷し放火するなんて割に合わないことくらいの知識と判断力はあったと思います。この事件に限らず、無差別殺傷事件のような場合でも犯行に及んで捕まってはじめて罪になることを知ったわけではないしょう。

つまり罪だとわかっていて損だとわかっていたのに犯行に及んでしまうのは、正常な判断力を失ってしまったのだと思います。その原因として考えられるのは「ストレス」ではないでしょうか。基本的に人間は損得で行動していると思います。その損得は短期的な視点であったり、長期的な視点であったり、時には負けるが勝ち、短期的には損でも長期的なら得と判断する場合もあるでしょう。でも最終的に損だとわかれば避けるはずです。

自殺と無理心中は自らの死を受け入れてしまっている点で別かもしれませんが、すべての比較材料が揃っていて冷静に判断できていたら罪に問われること損になることはしないはずです。しかし過度のストレスを受け蓄積すると逃げたい避けたい一心で仮に犯行に及んだとしてその後の事まで冷静に考えられなくなるのでしょう。

犯罪に至らなくても日常生活の中で冷静さを失ったことによる判断ミスくらい誰にでも経験があるはずです。普通に考えれば間違わないようなことでもストレスによって間違ってしまうこともあります。セルフケアも大切ですが、過度なストレスを受けにくく受けても開放しやすいコミュニティつくりが大切だと思います。

ストレスを受けない溜めないためには孤独しないさせないことです