政治家には本当に困っている人たちが見えているのか?

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とうとう衆院選が幕を開けました。今回の衆院解散は歴史上初や前代未聞、解散日から公示日までサプライズの連続で良くも悪くも歴史に残るような気がします。私は各政党や立候補者の動きなどは主にインターネットでチェックしていました。

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政治家は弱者にしか見えない「敷居」があることに気付いているのか?

インターネットは名もなき個人の声が時には数万人へ届けることができます。さらにSNSの普及と大衆化によって、少し前までなら知ることが出来なかった個人の生の声が聞けるようになりました。法に触れない限り誰もが自由に発言したり、議論することができるようになりました。但し中にはもうどうしようもない書き込みや極端に偏っていると思われる書込み、ただ感情を爆発させただけ、一方的な愚痴や出所不明の噂にデマなど大騒ぎ、もうグチャグチャと言った印象があります。

しかしネットで大騒ぎしている人の書込みを見ると、本当に生活に困っているから必死という人は少ないような気がします。選挙の結果で生活が180度ひっくり返ってしまうのは政治家とその関係者くらいでしょう。しかし子供の貧困問題が広く認識されるようなったのに、1日が子育てと仕事だけで終わってしまうようなシングルマザーなどには、毎日大騒ぎしている新聞やテレビに目を通す余裕は無いと思います。本当はこのような人達のために政治があるべきだと思うのですが。

今回の選挙ではハッキリと明言していませんが公約に貧困問題を意識していると思われる部分が見られます。「一部教育無償化」「ベーシックインカム」「消費税増税を社会保障へ」など。しかし先ほどのように一生懸命働いても生活苦から抜け出せない、先が見えないような貧困状態の人にはまったく届いていないでしょう「ベーシックインカム」なんて「何のこと?」だと思います。助けてと言わないのが悪いのか、助けようとしないのが悪いのか。

私が思うに貧困状態の人に「どうしたらあなたの貧困は解決しますか?」と直接聞くことは有効のように思えますが、解決策のイメージが出来ていてしっかり答えられる人は少ないでしょう。これは政治に限らずサービスの提供者と必要とする人の間にある「敷居」をいかに取り除くか、「ハードル」を下げても効果はありません。私は「ハードル」と「敷居」は違うと思います。ハードルは物理的な障害、敷居は心理的な障害だと思います。

新しい解決策というのは逆に言うと過去に存在していない未知の世界、イメージしたり他人に伝えることは非常に難しいです。「助けて」と言えない人に目を向けて支援者のほうから手を差し伸べるアウトリーチ」が必要頼まれなくても動ける政治家がもっと増えて欲しいです。

「アウトリーチ」という言葉すら知らない政治家には福祉問題を語って欲しくありません