何となく視野が狭く極端な考えの人が増えているように思う

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私自身、社会問題に関心があるのでインターネットを主体として様々なニュースやオピニオン記事を半自動的に収集して目を通しています。その中でどうも理解に苦しむと言うか、なぜそのような発想になるのか私には理解できないことが増えています。

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「正しいこと」と「間違っていないこと」は同じようで大きく違う

つい最近呆れてしまったのが、自称哲学者という方が日本の公共施設は騒音が多すぎるという発言があり、その中でエレベーターの「〇階です」というアナウンスも含まれていることに違和感を感じました。なぜかと言うと盲人の方がエレベーターを利用する場合、行先階の指定は点字があれば何とかできます。しかし止まったフロアは判断できません。自称哲学者と言うからにはそれなりの知識を持ち合わせていると思いますが、想像力は余りにも残念なレベルです。

これもある個人のブログで見かけたことなのですが、公共の場で点字タイルやバリアフリー化されたところで障害者は人手を借りるな甘えるな、そのために多額の税金が使われていることを自覚しろという意見。もの凄い正義感ですが、この人も想像力が残念なレベルだと思います。そもそも日本のバリアフリー化事業は障害者のためというよりも公共事業の目的が強いと思います。例えば昨年、札幌と隣の当別町に間にかかる全長約1キロの札幌大橋の歩道バリアフリー化工事(歩道を削って車道と同じ高さに下げて再舗装化)が行われました。おそらくこの工事を切望した障害者は一人も居ないと思います。多額の税金が使われていることを障害者は自覚しろというのは文句を言う先が間違いです。

何だか世の中、正しい・間違い、好き・嫌い、善と悪、右か左かのように選択肢は2つしかないような捉え方が何となく増えているように思います。そこを4つの選択肢、例えば「正しい」「間違い」だけではなく「間違っていない」「正解ではない」と捉えるだけでも選択肢が広がり少しは余裕が生まれるはずです。自分が「正義」でありたいために「悪人」を作って攻撃することはイジメに繋がります。

「悪者」を作ることで自分の「正義」を主張したいのでしょうが、やっていることは子供のヒーロー遊びレベルです。