高画質映像やVR技術が好きになれない理由

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何でも現実世界に近づけるとつまらなくなると思います。地上波放送がデジタル化され高画質映像へ移行したときは、本当につまらなくなったと思いました。頭の中で補正する楽しみ、創造する楽しみがなくなってしまいました

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高度なテクノロジーが素晴らしいとは限りません

私が子供だった頃のテレビ番組はまだ白黒放送でした。色が無い映像に自分の頭の中で色を着ける作業は誰もが無意識に行っていたと思います。少なくとも私はその作業を楽しんでいたと思います。自分のことなのに「思います」と自信がないのは、無意識に行っていたことを後になって気付いたからです。

地デジ化のキャンペーンが始まり、大型の高画質テレビにきめ細かく映し出される映像を見たときに感動ではなく違和感を感じました。髪の毛一本一本まで確認できる映像に綺麗なのは確かなのですが、関心すると同時に失望感のような不思議な感覚がありました。少なくとも、もっと色んな映像を見てみたいという気持ちは沸きませんでした。

その理由を自分なりに考えると、白黒映像や画質の良くない映像は自分の頭の中で補正して仕上げながら観ていたのだと思いました。それが高画質になって無意識に行っていた「自分の頭の中で補正して仕上げる楽しみ」が奪われて面白くなくなったのだと思います。但し、これには個人差があると思います。好きか嫌いか、面白いか面白くないかは個人の自由ですから。

テレビゲームでも同じことがあって、映像が綺麗になるほど興味が薄れ、とくに3D化が標準になるとまったく興味が無くなりました。チャップリンの無声映画、セリフの無いパントマイム、喋らないのっぽさん、これらは見る人がセリフを着けて自分だけのストーリーや番組に仕上げる楽しみがあったと思います。完成度が低いから楽しめることもあると思います。

書籍も同じようなことが言えると思います。小説や物語は文字情報を頭の中で映像化する楽しみがあると思います。書籍の映像化が原作より面白くないのは、書籍を読んたときに頭の中で作り上げられた映像には敵わないからでしょう。

リアルを追求することは、想像する楽しみを奪うことにもなります