「働く」と「稼ぐ」の違いを意識すると社会問題が整理しやすくなると思う

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少子高齢化や将来の社会保障を考えた場合、AIや自動化によって生産性が高まることを前提として所得と労働の分離が適していると思っています。しかし説得力ある表現や言語化ができずモヤモヤしていましたが、東京新聞のWEBサイトで「共稼ぎ」と「共働き」は違うという記事を読んで、少しだけスッキリできそうな気がしてきました。

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サラリーマンと専業主婦は「共働き」で「共稼ぎ」ではない

「働かざる者、食うべからず」という諺があります。社会の一員として生きてゆくためにはそれなりの生活費が必要であり、そのために労働に就き収入を得る必要があります。収入を得ることが労働であるとするなら、収入が発生しない家事や育児、家族の介護は労働にはなりません。しかし所得が発生しないからと家事や育児、家族の介護をしなくなったらその社会は崩壊してしまいます。

「働かざる者、食うべからず」という諺には何となく違和感を感じていました。例えば家族の介護は賃金が発生しないので労働ではなく介護職員として他人の介護は賃金が発生するので労働となる。同じ介護でも片方は労働で、片方は労働ではないというのも変な話です。同様に自分の子供の世話は労働ではなく、保育園で他人の子供の世話することは労働、家で家族の食事を作ることは労働ではなく、飲食店でお客様に食事を作って提供するのは労働、何か変ですよね。

そんな中で東京新聞のWEBサイトで「共稼ぎ」と「共働き」の記事を読み、自分の頭の中で「働くことは社会的責任を果たすこと」「稼ぐことは所得を得ること」という結論が出ました。家事や育児、家族の介護も、就労することも社会的責任を果たす点で同じですが、就労は賃金が発生するので家事や育児、家族の介護と区別するためにも「稼ぐ」と表現することが適していると思います。

意識してみると社会は収入が発生しない「働き」によって維持されている部分が多く、「稼ぐ」ことだけで社会は成り立ちません。少子高齢化で良く耳にするのは、保育園(保育士)が足りない、介護職員が足りないという話、このふたつは所得が低く「稼ぐ」イメージよりも「働く」ほうに近いと思います。であれば社会全体で「稼ぐ」人と「働く」人に分けて、機械化や自動化、AIやロボットの力も借りて稼げる人には1人で何人分もの所得を稼いでもらい、その所得の中から「働く」人達を経済的に支えるようにしたほうが社会も経済も安定するのではと思います。

ちなみに「働かざる者、食うべからず」は社会主義の戒律としてレーニンが使った言葉で、資産家や投資家、地主などの財産を持っていて働かなくても食べて行ける人には食料を受け取る資格はないという意味で、怠け者のことではなく資産家や金持ちなどの貴族層を批判する言葉だそうです。

最終的に行き着くのはベーシックインカムだと思います