やたら褒める人も信用できません

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損得勘定で近づいてくる人はやたら褒めてくる印象があります。私は曲者なのである人が私を褒める行為が素直に受け取れないことがありました。自分にとってたいした価値とは思ていない事を絶賛するのですが、褒めるのは第三者の前だけ2人きりではしませんでした。

私にも承認欲求はあります。しかし承認されるのは何でも良いわけではなく、自分の持つ価値を少しでも生かして誰かの役に立つために努力している事で認められたい気持ちを持っています。例えばバリバリ活躍中のプログラマーに「キーボード打つのが早ですね」と褒めても意味ありません。むしろプログラミングの価値をわかっているのか?、カにしているのこいつと思われても仕方ありません。

本人と二人きりでは褒めず第三者の前でしか褒めないというのも困ったものです。逆なら良いですけどね。目的はせいぜい第三者の前で自分の評価を上げることです。そうやって褒め続けたにも関わらず思ったように自己評価が上がらないと突然態度が豹変します。今まで褒めちぎっていたのにある瞬間から手のひらを返したようにボロクソな批判をはじめます。

批判は褒めていた時とは逆に2人きりの時しかしません。第三者の前では大人しく善人を演じ続けます。褒める事で自己評価を上げそこなったので、今度は批判で相手を追い詰めることで自己保身する作戦ですね。褒め続けられているときから目的が見え見えだったので、手のひら返しも予想できていました。

「褒める行為」で社交性や知性の高さをアピールすること、又は「批判する行為」で自分の優位性をアピールする事、いずれにしてもターゲットを決めて褒めるか批判するかを選択しているすぎず、その人の価値なんてこれっぽっちも関係ありません。こういう人とはお互いに価値を認め合える関係になることはないでしょう。なので知り合って間もないのに身体がムズムズするほど褒めてくる人、とくに大勢の前で褒める人は信用していません

認める事、褒める事、煽てる事は似ているようでもまったく違います自己評価ばかり気にしてカッコイイ自分を演出することしか頭にない人は「自分を演出する事」が大切、褒めることに使えそうなネタさえあればその人の価値なんで関係ないんです。だから手のひら返しが何の罪悪感もなくできてしまいます。

そのような行為に走る理由はスロトングポイントを持っていない自信の無さがあると思います。強みがない事は自分自身が一番理解しています。しかし「こうありたい」という理想と現実のギャップが大きいことも理解しているはず、それがバレないように必死になればなるほど矛盾が生じ深みにハマってしまいます。そのギャップを縮めるためには経験やスキルを磨いて自分で自己評価を上げるしかないと思います。

他人を褒めることで得られるものはありません。他人から褒められるような経験やスキルを磨いたほうが強みになります。何か良いことがありそうだからと近づいてきて他人の手柄を自分の手柄にすることが目的なのです。経営コンサルタントの神田昌典氏もご自身の著書「成功者の告白」で成功と同時に裏切りに転ずる社員の存在は珍しいことではなく、十分注意しないと事業の衰退~失敗にも繋がるので軽く考えてはいけないと書かれています。

やたら褒めて近づいてくる人は別の目的があるはずです